No music no life 🎶

やっと夏らしいというか☀️

夏は暑くないと🥵

私は寒いより、暑い方が好き。

夏は大好きです😍

 

そして夏のイベントの一つ

ロックフェスなんか夏のイベントにはもってこいですよね。

私の人生には音楽は欠かせない。

“No music no life”

昔のタワーレコードの広告に使われた言葉ですが、あの頃90’はバンドブームでした。

f:id:reikojewelry:20190728182514j:imagef:id:reikojewelry:20190728182601j:image2枚目の写真は、3年前にイタリアに行った時の朝、気持ち良くて音楽聴きながら自転車で散歩した時のもの🚲

 

 

私は小さい頃クラシックをよく耳にしました。

母がクラシックとアメリカとイギリスの60’〜70’のレコードをよく聴かせてくれたので 🎼

今思っても、母は音楽の趣味がとても良い。

そして家族でドライブ旅行の時は、

ペルー🇵🇪の民族音楽🎶 を海沿いを走る高速道路でよくかけてくれました。

小学生の頃に初めて買ったレコードは

YMOライディーン

日本の歌謡曲みたいなものには、あまり惹かれなかった。なんだろう…あまり感度が良くないものには惹かれないというか。

 

そして中学生の頃には、Rock, Punkでした。

いつも頭の中でバラードを歌ってました。

卒業式の時もずっと ”ストリートスライダース” の曲を口づさんでいました。

“あおげばとおとし” なんて歌ってなかったし、耳に入ってこなかった。

そもそも私は全部歌ったことがないです(笑)

 

それからもう高校生の頃には、生活がロックになっていました。

恋して遊ぶ、元気な高校生でした😁

 

10代終わりの頃から20代前半までバンド活動をしていました。

もうその頃には、イギリスのニューウェーブを始めハウス、ジャンク、ミクスチャー、グランジオルタナティブロックといった感じで、

とてもアバンギャルドなものが好きでした。

自分のスタイルもアバンギャルドでしたし。

 

バブル期だったので、

普通の人ならワンレングスにボディコン、そしてディスコで遊ぶ。に対して

私の髪はベリーショート。ホットパンツにニーハイソックス。そしてバブル期には数少ないクラブに通う。

その頃のクラブは、イギリス人が経営していたり、ブラジル人のオーガナイザーがいたり。

ディスコは日本人で溢れていたけど、

あの頃のクラブには、いつも半分くらいは外国人がいました。

そう、クラブの方が感度が良かったし、クリエィティブな人が来ていたし、音楽のセンスも良かった。

その頃のクラブで流れた音楽はハードハウス。このキレキレのハードハウスにジャンク、ノイズをミックスするDJがいて、その人のイベントではいつも踊り狂っていた。

そんな踊り狂った姿を見て、世界的に有名なブラジル人のオーガナイザーが自分の主催するパーティに私達をインビテーションしてくれたりしました。

20代前半まではそんな感じでクラブで遊んでいました。その頃にはもうイビサ島のバブルパーティのことを知って、すごく楽しそうで行きたくなりました。もう今ではすっかり有名ですがイビサ島と言ったら遊びに行く島ですね。

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そう、音楽って体で感じるものであって、

爆音の中で体を動かし、

声を出すことが、

どれほど気持ちの良いことか…

(カラオケしても気持ちがスッキリしますでしょ?)

 

音楽からしばらく離れていた時もあって、

何も聴かなかなった時期を経て、

また改めて音楽を聴いていくと、

自分のイイと感じるものが前と変わってきて、

感じるものが違ってくるというか、

多分それは自分の音楽に対する感度が進化して、感覚的に言うと消化していくのでしょうか。

 

そもそも音楽ってボディ、マインド、スピリットにとても影響を与えるんです。

 

ピアノを練習する子供は、言語的、視覚的な認識能力が高い。楽器を楽しむのは単に音楽的なことだけではなく、多くのチャンネルを開いてくれるようです。

 

音楽を楽しむ時間を持つことで血圧や心拍数が下がることが研究によって分かって、心臓病の症状緩和にも使われるそうです。

 

そして、悲しい曲を聴くとスッキリするんです。人生体験した悲しさとは直接の影響はありません。溜め込んでいた悲しみを解放するのにはとてもよいトリガーになって、気分を調整するのに役立つそうです。

他にもいろんな研究結果がありますが、

音楽を聴いてリラックスすることがとても大事なんでしょうね。

一日の中で好きな音楽を聴いてリラックスする時間をもつのもいいかもしれませんね。

 

 

そしてこれはずっと気になってたことですが。唯一センスの話しをする兄と話題にすることなんですが、

どんなに仲の良い人でも完全に音楽の趣味が合う人っていないんです。多少合うものはあったりしますが、完全には合わない。

聴いてきた音楽も違うでしょうし、感度も違うでしょうし、時代背景やらあるのでしょうか。

どんなに愛しい人でも音楽の趣味って多少違うんです。

でも音楽の感じ方はとてもパーソナルな感覚だと思うので合わなくても仕方ないことだと思いますが…

 

それでも、自分のイイと思う音楽をシェアしたくなっちゃうんですけどね…😝

 

 

この音楽ネタはまた書くかもしれません。

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとうございます😊🙏

 

 

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記憶がなくなっていた話

梅雨らしい雨が降り続きますが

みなさま、いかがお過ごしですか?

 

私がこの湿度がとても嫌いな理由の一つには

とにかく不快、体の不調が出る。

この季節は古傷が痛みます😭

 

古傷なんてあったことも、本当に忘れていたし、過去に何かしたかな?って思い出せないでいたけど、その痛めた時のことを20 数年経った頃に思い出しました。

でもその痛めた瞬間を思い出しただけです。

 

記憶というものは、忘れゆくものもある。

自分が記憶として残っているものは、前世からの記憶だってある。

とにかく経験したことは自分に残り、刻まれていくのです。

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私は24年くらい前にアメリカを旅したことがあります。それまでのヨーロッパとは違い、

アメリカのおおらかさに触れて、

どうして先に来なかったのだろう?とまで思いました。

NYは、強くてパワフルな刺激的な印象で、当時まだハーレム地区がアメリカで一番危険で近寄ってはいけないところでした。そこをTaxiに乗って通っただけでも、信号待ちがとても怖かったです😱

Santa Fe は、私の憧れの地でインディアンとスペイン文化とが混ざって統一された土壁は、他の町とは違った風土を感じるし、アーティスト達もこぞって移住している魅力のあるところです。ここで初めて地平線に沈む夕陽を見ました。日本で見る夕陽は、いつも遠くて小さいけれど、比べものにならないくらい巨大な夕陽で、大地と太陽、自然のエネルギーを強く感じるところでした。f:id:reikojewelry:20190704155307j:imagef:id:reikojewelry:20190704155312j:image

そんな感動的なアメリカの旅の途中に(その時はデンバーにいたんです)

外を歩いていたんですが……

私は頭を強打しました(強打したのは私の不注意です)

そしてその場に倒れ込んで、

目の前が真っ暗になりました。

どのくらい倒れ込んでいたかわからないけど

無理矢理起き上がり、めまいがして、気持ち悪くて、どうやら脳震盪だったらしいです。

倒れ込んでた場所から距離があったのに、どうやって自分の部屋に辿り着いたかは覚えていないです。

そして熱が出て😨

翌日も頭が痛い。熱っぽい。

自分の状態にとても不安になり、

実家へ国際電話をする。

頭を強打したことを話すと、

父は、とても意外なことを私に言いました。

「今は、脳みそが揺れてるだけだから」

「だから、大丈夫」

はぁ?でもちょっとおかしくて、

そう思ったら、とても気が楽になりました。

そして、翌日ふらふらになりながら

トラベルエージェンシーに行き

一番早い日本行きの航空券を買いました。

LAでトランジットがあって、ロサンゼルスから沢山日本人が乗り込んできました。

私の席の奥2つが日本人の大学生二人が乗り込んできて、私に英語で「すみません、通してください」と言いました。

私も英語で返して、その二人はずっと日本に着くまで私に英語で話してきました。

彼らからすると私は日本人に見えなかったらしいのです。まぁキレイな日本人ではなかったから、何て表現したらいいのだろう... ピカピカな日本人ではなかったので。その頃海外に行くと日本人はピカピカして、他のアジア人と違うのが一目瞭然でしたから。目立つというか狙われ易いNo.1でしたから、私みたいに馴染んでいて汚い感じは、狙われなかったんです🤪

私は知らない間に赤土色に焼けて、味わい深い雰囲気で、国籍の掴みどころがない風貌になっていたみたいです。

そしてフライト中は一睡もできませんでした。

なんだか眠ったら死んでしまうと思って(笑)

 

帰国してすぐに家には帰らず、

学校に行きました。

アメリカ人の恩師に会いに。

私はなぜかアメリカから学校にハガキを書いていて、それを学校の壁に貼ってくれていたんです(笑)

ボォ〜っとしながら、

昨日アメリカから帰って来て、私自分で(ジュエリー)やろうと思って〜なんて話したら、

病院に行きなさい。とお金をくれた。

そのお金は以前、学校のパンフレットに出演したモデル代だと言っていました。

思わぬ臨時収入に感激して、

何を思ったのか、

それから私は伊豆に行くのです。

吉祥寺に住んでいた頃に気に入っていたヘアサロンがあってそこにいた美容師さんが伊豆でヘアサロンをはじめていたので。

髪を切りたい衝動に駆られて、

伊豆へ行き、泊まってしまいました。

はは😅

で、ようやく実家に帰るのですが

駅からトボトボと歩いていたら、

自転車で通りすぎた人がいきなり振り向いて

私を見るなり

「レ〜〜コォォォ?」😱😲  

と母親が私に向かって叫んでいたのです。

見たことがある服だけど、娘だと思わなかったらしいです。

どこの国の人かと思ったと母は言いました。

まぁ長い髪をバッサリ切って、オールバックにして、肌は赤土色になっていて、雰囲気が全く違ったらしい。

Ha!!

でも本人は全く気にしていなくて、

そんなことどうでもよかった。

 

で、そこから6年くらい経った頃に

いろんなきっかけが重なって、

私はある期間の記憶がないことに気づいたのです。

全ての記憶がないわけではなく、

だから気づかないと言うのか、

その部分を強い衝撃とともに、

忘れさせられたのかもしれません。

でも不思議なもので、経験だけは残ってるんです。

よくあの世へは、お金や物を持って行けない。

持って行けるものは、経験だけと言います。

経験は自分の中に刻まれていくんです。

そして刻まれたことは、魂に残るんですね。

 

今では失った部分は別に気にしていません。

思い出したことも多々ありますが、

なんだかどれも他人事みたいなのです(笑)

私は自分に刻まれていることがある、

それだけで充分。

 

昔は、あぁだった、こうだったと

昔の栄光を語る人がいるけど、

それは、今が昔より劣っているからですか?

今はこうだけど、昔は違ったのよ。と言いたいのかもしれませが。

過去は過去でしかない。

そこにしがみつく必要はない。

今は、過去でも未来でもない。

今の自分が過去からの自分で未来の自分へ繋がるのです。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます🙏😊

 

 

☆最近私のブログの題材がタイムリーだったという人が何人かいて、そういうことを聞くと、とても嬉しかったりします。感想は励みになります。

密かに読んでいます。と言われても私はリアクションが欲しかったりしますが、どうしてもコメントがハードル高いという方は、下の方にある⭐️星マークをポチってしていただけたら嬉しいです。

 

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断捨離

皆さんこんにちは。

梅雨の湿度が、不快な今日この頃💧

 

既にブログを読んでくださっている方々は、

前々回も似たようなこと書いていた。と思われるかもしれませんが、そこからの流れだと思っていただいてお読みください。

f:id:reikojewelry:20190622185013j:imagef:id:reikojewelry:20190622185022j:image写真は90’に愛読していたインテリア雑誌。

 

断捨離は単にモノを捨てるだけじゃない。

風水や神道的な教えと結びついて

「開運」「ご利益」みたいなことを謳うのは、一つの商法的な言葉に過ぎないと思うのです。

 

断捨離は執着を捨てること、

ヨガの「断行、捨行、離行」から生まれた言葉で、「断」は入ってくる要らないものを断つ

「捨」は家にあるガラクタを捨てること、

「離」はモノへの執着から離れることを表しています。

断捨離は、純粋なマインドプラクティスです。

 

今年2月に思い立って、

リビングルームと台所、洗面所、玄関に至るまで徹底的に掃除をしながら、物を取捨選択するということを2、3日かけてやりました。

この家に来てから、何度も片付けて、結構容赦なく家具やら物を捨てていたけど、

今回は細かく隅々まで整理して、磨きました✨

 

この食器がどうしてこんな使い勝手が悪い配置のまま置いていたのだろう?とか

ついでに食器も処分して、

うちの存在感がある食器棚を

ピカピカに磨き上げました✨

 

リビングルームの壁にいろいろ貼っていたモノを全て外し、ピカソの絵を一枚だけ飾りました。(ピカソの絵といっても美術館で売っているものです)

4年前にバルセロナに行った時に買ったものなんですが、実は飾っていなかった😱まだもう一枚ある🤭

 

そして終わってすぐに風通しというのか、スコーンと抜けた空気になったのを肌で感じました。

f:id:reikojewelry:20190622190013j:imagef:id:reikojewelry:20190622190038j:imagef:id:reikojewelry:20190622190052j:image

ただモノを捨てるというよりは、

どんな毎日を送りたいのか、どんなライフスタイルを望むのか、どんなものに囲まれて毎日送りたいのか。

未来に何を連れて行きたいのか。

そうやって取捨選択していけば、古い飽きているモノを残しておく必要がないし、

いつか使おうと思ってしまっておいてあるものは、ほんとうに馬鹿らしいと思う。

 

私が愛読しているものからの引用になりますが

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

断捨離って要らないモノを捨てるというより、なりたいバイブレーションを選び、

そのバイブレーションで自分を囲むことです。

毎日の生活は自分のドリームボードであるべきで、パーソナルスペースは自分のバイブレーションにとっての神殿であるべきだと思う。

どんなバイブレーションで生きたいかが大事。

イメージしただけで心がふわぁーっと広がって目の前が明るくなるもの。バシャール的には、「わくわく」する感じです。それが望むバイブレーションの感覚です。

それにマッチするものを残し、

そうでないものを容赦なく捨てていくと

自分の欲しいバイブレーションだけが残ります。別の言葉で言えば、望むバイブレーションにはすでに未来の光が入っているんです。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私はこの記事の中で、”なりたいバイブレーションを選ぶ” という考えにすごくワクワクする感じがしたのです。もう自分の中ではわかっていた感覚なのですが、忘れていたことを思い出した感じで嬉しかったです。

 

私がこれまでにした断捨離といえば、

若い頃から何度も引越しはして、取捨選択という機会はありましたが、

人生の中で最も大きな断捨離は、自分の事業を閉じた時です。かなりのモノを捨てざる得なかったので。

ジュエリーを作るのに必要な機械、道具、工房一つ分になります。

私の考えた什器やショーケース、

事務所や店の家具もオーダーメイドで作ったもので、中でも事務所にあった大きなオレンジ色のテーブルは、いろんな作業をするのに使っていたので、ちょっと泣けた。

 

まぁ、クリエィティブなものは執着しなくても、新たにまた作れる。それも新たなバイブレーションで。

 

先程の引用した記事の中に、ドリームボードが出てきましたが、

つい先日今の自分がなりたいバイブレーションを選択するということも含めて、

ドリームボードを作ろうと思ったのです。

そういうものは、どんどんupdate していけばいいと思うのです。

私の場合はお気に入りのノートに徹底して書き出します。そしたら、すごくワクワクして頭の中で望むことが明確になって整理できるんです。

自分の方向性を掴む上でもとても良い作業です。

ドリームボードは、絶対オススメします。

ついでに私は写真も思い切って断捨離してしまいました。

 

断捨離はモノを取捨選択するという目で見てわかり易いことにはじまり、結局は自分の内面を断捨離することなんだと思います。

彷徨ってる心をまた自分で取り戻すような感覚なのかなぁー、 だから爽快な気分になるんだと思います。

 

 

みなさんが、自分のためにしてることは何ですか? ぜひぜひ聞かせてください。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます🙏😊

 

 

 

 

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日常に○○○○を

皆さん、こんにちは。

梅雨に入って、少し肌寒く、

おまけに湿度が高いので

今までなら

この季節はとても苦手でしたが、

夏の解放的な暑さの前に、

落ち着いて何かできる、

そんな時間なのかと思えるようになりました。

でもビショビショに濡れたり、髪もセットが乱れるので

...やはり好きではないです。

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先日iphone のストレージ不足で、

古い添付ファイルを整理するように通知が来ていて、ファイルを見てたら、

4年前に亡くなった犬の写真が出てきて、

辛い時もこの子を見るたびに、

微笑み、癒されていたことを思い出してしまいました。

日常の笑いは、

幸せの証ですね🍀

猫だったり、子供だったり、愛するパートナーだったり、家族、友達、仲間だったり、

自分の気のおけない人達へ

飾らない自分をさらけ出し

ただ、笑って

それはほんとうに幸せな瞬間です。

幸せは、

生きているもの

(つまり動物だったり、人間)でしか味わえないそうです。

そして幸せだと感じることの一つには、

笑いがあります。

笑いはコミュニケーションを円滑にします。

そして、笑うことで、

気分が良くなります。

気分が良くなることで、

ストレスも軽減します。

病気だって治る。

笑えなくなるのは、ほんとに辛い

深刻な状態なんですよね。

 

私はテレビを見ないので、お笑い芸人のネタとかほとんど知りません。

でもお笑いのネタを知らなくても、

笑えることは、日常の中でたくさんあります。

 

私は笑いの中でも?

という言い方が適切かわからないけど、

私は何を重視しているかと言うと、

それは、ユーモアhumor です。

そもそもユーモアって、

体を張るような笑いとかジョークとはちょっと違うんです。

人を和ませるような、おかしみ。

上品で笑いを誘うしゃれ。

諧謔

生活の中でにじみ出る矛盾。

おかしさを寛大な態度で、笑い飛ばして、楽しむような側面があるのです。

 

残念ながらユーモアってセンスなのです。

それがあるかどうか、

私はよく人のそれを見てしまいます。

 

映画を見ていても会話の中で

ユーモアのあるセリフを耳にすると、

すごくイイ返しだと思って、私も使いたいと思ったり、

昔々、フィゲラスFigueresにあるサルバドール・ダリ(Salvador Dalí)の美術館へ行った時に、最後の最後の展示物がそれまでの素晴らしい作品の数々を一瞬にして記憶から飛んでいってしまうくらいの、

笑いと感動と芸術家としての偉大さと

ダリの思いやりを感じるユーモアのある作品に衝撃を受けたことがありました。

そのユーモアのセンスに触れた時

味わったこともない自分の感情に驚き、

自分の中の何かが開眼したようでした。

 

そしてユーモアとは、ヒューマニズムだと思います。人間そのものへの深い愛情表現方法なのです。その表現方法が、言葉だったり、アート作品だったり様々です。

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暮らしの中でのユーモア

アートのユーモア

言葉のユーモア

ファッションのユーモア

ユーモアのセンスのある人が大好きです。

ユーモアを言える人が大好きです。

 

 

昔、夏になる前にコースターを作ったことがありました。

ワードを何種類か入れて3〜4種類販売しました。

その中で一番好きだったワードが

「humor」でした。

もっと生活にユーモアを

人生にユーモアがないと味気ない。

当時もそんな感じのことを伝えたかったんだと思います。

 

で、タイトルの○○○○は、

日常にユーモアを、です。

 

 

 

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SHARE

皆さん、こんにちは。

私の家の裏にはけっこう大きな木があって、

森のよう?(大げさに言ってます)になっているんですが、春頃から毎年美しい鶯の鳴き声が響きわたるのです。

この美しい鶯の声は、

今年もSNSにアップしているのですが、

iPhone のビデオで撮影しようと思って構えていると、さっきまでの美しいバードソングがピタッて止まったりして、

なかなか素晴らしいバードソングがビデオに収められないのが残念でなりません。

きっとずっとビデオを回していられたら、

録音できるかもしれないです。

ほんとにもっとすごいんですよ♪♪

うっとりするくらい..

朝から美しい歌声が鳴り響くのです🐦

Healing love song🍀

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私が感じたり、思ったり、気づいたりしたことを、このブログでシェアしてるわけなんですが、

最近Youtuber の動画を見てたり、

外国人とのやり取りの中で、

このシェアshare するって

いい感覚だなぁと改めて思っているんです。

 

日本ではビジネスの場で情報をシェアするとか、

シェアハウス的なモノをシェアするとか、

そんな感じでよく使われていますが、

 

「共有する、分かち合う」

Shareを訳すとこのような意味なんですが、

このようなことを日常的にあまり使わないなぁと、思いまして。

 

私は2011年からFacebook に参加して

そういうことに気づいたりしたのが

もう何年も前なんですが、

私は以前の事業の終演から、

SNS を控えていたのと、

いろんな関係も断たれた為に、

私の知らない人達と交流しようと思い

外国人と交流をはじめていたんです。

で、感じたのが

Facebook 上で、友達になっている

日本人と外国人のシェアshare の違いです。

Facebook を日本人は、あった出来事を報告するような日記スタイルが多いのに対して、

外国人もあった出来事は投稿しますが、

自分が今一番関心のある出来事をシェアすることがとても多いです。

自分が気になってるニュースだったり、

政治だったり、音楽だったり、アートだったり、動物だったり、

「この出来事すごくない?」みたいな感じで、

自分がいいと思うもの、好きなものや、自分の作品、自分の日常をシェアしたりします。

私も好きなものや、一時の感動を面白いから見て!って感じでシェアしていました(主に💍🎼🐶)

最近めっきりシェアも減りましたが、

以前はたくさんしていたんです。

何人かの日本人からそれを指摘されたんです。

で、まじまじとその感覚の違いを感じました。

多分集団的なものを好む日本人からすると、

私のシェアに違和感を感じたのでしょうね。

 

で、慣れてくると、

自分の好なきもの、今関心あることが

わかってくるんです。

日々シェアが頻繁に行われ

お互いの挨拶みたいになって、

知らない者同士がコミュニケーションを取るようになって、コメントし合ったり、仲良くなっていくんです。

お互いの好みもわかっていくので、

「レイコ、こういうの好きでしょ?」という感じで情報をくれたり、送ってくれたりするんです。

知らない人を受け入れないんじゃなくて、

受け入れて、シェアしてわかっていく感じでしょうか。

海外の面白い動画や感動する映像は、そんな感じで広がっていくんです。

世界のビックニュースにも世界中の人々の反応は敏感です。

マンデラ大統領がなくなった時も、世界中の人々が哀悼の意を表していたし、

デビットボウイがなくなった時も、

最近で言ったら、カールラガーフェルドが亡くなった時も、ファッションを愛する女性たちが彼の死を惜しんでいました。

カールラガーフェルドを知ってますか?

シャネルのデザイナーで、何十年もシャネルの売り上げを作った偉大なデザイナーです。

こういうビックニュースに日本人の反応がとても薄かったことを驚いています。

 

このシェアって仕事の情報をシェアするとか、

物をシェアする感じとは

ちょっとニュアンスが違うんです。

 

人にこのことを教えてあげようとか、

意見や、感覚、感情を含んだ

思いやりみたいな愛情を感じるんです。

 

SNSじゃなくても、

親しい間柄の人に

「君とこの気持ちをシェアしたいと思った」とか

「良い事も、悪い事も、あなたとシェアします」

みたいな感じで使います。

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そしてSNS でもInstagram は、

ある種、視覚的メタファーだと思っています。

もっと自分の感覚的なこと、写真一枚ビジュアルを手軽にシェアできる。

フォローしてる、してないに関わらず反応がダイレクトにわかるので、

更に感覚的な気がします。

こちらもこちらで楽しいです。

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f:id:reikojewelry:20190530115028j:image写真は、今の気分をシェアしてます😜

シェアの感覚を私はSNSで学んだんですけど、今は実際にこのshareを日常でも取り入れるようになりました💛

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます🙏😊

 

 

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執着を手離してみる。

こんにちは😃

約一カ月ぶりくらいの更新になります。

色々と頭の片隅で、何について書こうかと思っていました。

クリエィティブなことについて書こうか

下着のことについて書こうか

昔のことについて書こうか

とか、何だかどれもペンが進まずに…🥴

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昨日、デトックスをしに温泉へ行ったんですけど…

結構久しぶりにこういう所に行ったんです。

そもそも私は温泉旅館とか苦手で

滅多に行かないんですけど、

サウナには行きたくなるんですよ😆

 

そして話し戻しますと、

歩いてると…何か足の感触?

なんだかおかしいなぁ〜と思っていたら、

なんと、なんとォォォ

サンダルが壊れていたんです😱OMG!!

しかも、両足。。。

なんで気づかないでここまで来てしまったんだろう?

と思いながらも、

温泉♨️入り、サウナで汗を流し、爽快な気分だったんですけどね…

あのどうしようもないサンダルを帰りにも履くことを思うと、

とてもとても嫌でした、が、

それと同時に、

靴が壊れた事件はこれが初めてではないことを思い出したのです。

ここ5年くらいの間には3回、

10年くらい遡ぼれば合計5回もありました🤭

それも全て突然壊れるの。

中には新しいものもあって、

どうしてこんなことがあるのか

気になって調べてみたら

 

物の中でも、靴が壊れることにはとても

特に前向きな意味があったのです❣️

 

スピリチュアルなことになりますが、

靴とは人生を表し

その靴が壊れるということは、

今までの人生より

ステップアップできる

という前兆みたいなのです。

 

私は10年前、本当にどん底の状況で

どん底な気持ちでしたから

そこから徐々に気持ちの上でも

ステップアップしてきたのかなぁ〜と

少し嬉しくなりました。

 

物をよく捨てられない人や、

ずっと昔からの物を溜める人がいますが、

私にはその感覚があまりないです。

移動や引っ越しもしてきてるし、

長期の旅をした時に物ってそんなに要らないな、と思って増やさない感覚が身についています。

物を愛用することもあるけど、

実はあまり執着はしないです。

実際、服なんかあまり持ってないですし、

しばらく着ない物は処分しますし、

靴もあまり増やさないようにしてます。

下着は結構変えます。

 

物には波動があって、自分の波動が上がると、

低い波動の時に買ったものや、古い物と合わなくなるのです。

物が壊れたり、物を失くしたり、何となく捨てたくなったり。

物を溜めることは、

流れを止めて、淀むことに。

そういうことをすごく感じたのが、19か20歳頃からだったかな。

いつも自分の作ったリングをいくつかはめていたんだけど、ある日突然今日は、コレはめたくない。とか今度は新しく作ったものと相性が良くなったりとか。石がついてるものは特に感じました。そういう自分の状態や(波動)に気づいてきたのです。

 

運気が良くない感じがする時には、

下着を変えていくのが一番いいです。

古いものは捨て、新しいものを身につける。

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だから私は、値段が高くても、安くても、

服や下着や靴や鞄は、長く持つものもあるけれど、

わりとその時々に愛用するものが変わっていきます。

ジュエリーや高価だと感じるものを、

一生ものと考える人もいますが、

ジュエリーなんて安くても高くても、

一生ものと考えなくていいと思うんですよ。

その時々に自分の状態に合わせて、

好きなものや、合うものが変わっていくし、

その時に「コレ」がいい!

という好きなものと出会えれば、

それを身に付けるのが一番いいと思います。

 

その出会いは、値段ではなくて物との波動なのかなぁと思うんです。

 

 

 

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可愛い子には旅をさせよ。②

前回からの続きになります。

長くなるかもしれません、予めご承知おきください🙇‍♀️

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私はなんと乗り継いで、イギリスへ行きました。

案の定、入国審査に引っかかり、

帰りの航空券がないので、

ビザなしで6ヶ月滞在することが出来るから、

6ヶ月働かない証明をすることになる。

私の持っていた現金を全部披露して、

(ほら、6ヶ月働かないでいれるでしょ?)心の声

2人がかりで、日本円とドルと小切手をポンドに換算して、「まぁ、いいだろう」って感じで

通してくれた。

時間がかかったせいなのか、お迎えを頼んだのに、見当たらないし、早朝だし、

何だかわからない🤷‍♀️

仕方がないので、TAXIでホテルへ。

ホテルに着いても朝早くて、

チェックイン出来ない😨

荷物もあるので何時間もロビーで過ごした。

ようやくチェックイン出来る時間になり、

チェックインして、部屋に着いて荷物を置いたら、飛行機で一食とばしてしまったので、

お腹が空いていた....

レストランへ行くより早くお腹を満たしたい。

ホテルの近くでマクドナルドを見かけていたから、そこへ。

入ってびっくり⁉️日本と変わらないかと思ったら、同じマクドナルドでも違うのねー

私はちょっと違うメニューに困惑しながら、

必死で注文して、お待ち帰りした。

これが私のサバイバル生活の始まりです。

 

ホームスティとか今では考えられるけど

当時良い子ではなかったので、

そのうち誰かとFlatをシェアすればいい、

そのくらいに考えていた。

そして英語を話せない私はイギリス人に時には冷たくあしらわれ、

時には親切にされ、

平日は学校へ行き、週末は「STREET 」でよく掲載されていた場所へ足を運んでいた。

全てのことが予想をはるかに超えた出来事ばかりでした。いや、準備をしてこようが実際に体験することは、予定通りになんかいかない。

体験したことを自分でどう対処するかです。

 

そうして2週間くらいしたある日突然、

爆弾テロに巻き込まれる。

当時IRAの爆弾テロがLONDON 市内に多発していた。実際市内のあちらこちらで爆破されていたのは、ニュースでも流れていた。

当時のロンドン警察は爆弾が仕掛けられた情報が入ると、とても敏感になっていて、徹底して捜索する。そこにいる全員を非難させる。

例えば、○○町に爆弾仕掛けられているとわかったら、この○○町にいる住人全ての人が移動させられるのです。

私が巻き込まれた事件は、この区間に3つ爆弾が仕掛けられていたらしく、

当然ホテルは、宿泊客全員を非難させます。

あまりの非常事態に英語は早口で、

私は余計にわからない。

時間は、夜20:00頃だったかな。

ホテルの人がドアを叩く

「とにかく下へ降りて‼︎」

私「へっ?、何?」

何も持たないで下へ降りたら、

ロビーは人で埋め尽くされていた。

しっかり荷物を持っている人、

ショルダーバッグを持っている人、

部屋で寛いだままの人、

私も多少の荷物を取りに部屋へ戻りたかった。

せめて自分が証明できるものを持ってきたかった。

とにかく何処かへ移動するらしく、

皆んなが順番に外へ出始めた。

外へ出たら、すごい数の人民大移動。

道路が人、人、人で溢れてる。

ホテルの人達についていけばわかるだろう、

と人の後をついていった。

皆んな目的地が違うのか、そのうちだんだん人が減る。

そのうちいろんな別れ道があって.....

どこにいるのかさっぱりわからなくなり、

私は同じホテルの宿泊客の後ろを歩いているつもりだったが、混雑している時にどうやら違う人の後をついて来てしまったらしい😱😰

私はどこへ行っていいのかわからなくなり、

こんな夜に、どうしたらいいのォォォ..

そこで少し先にBarを発見、

店内は賑わっている感じで。

BARの外にも人がいたので、そこに私も紛れていようかと近くまで行ったら、

パジャマ姿にトレンチコートを羽織っただけの黒人男性に声をかけられた。

この人は酔っ払いではなく、危険ではないと感じた。

男: 「おまえは、○○ホテルか?」

(その瞬間、あっこの人はきっと慌てて部屋から出て来たんだ!)

私:「そうだよ私も○○ホテル」

男:「何があったんだ⁈」

私:「わかんない」

男:「オレ寝てたら非常ベルが鳴って、びっくりして起きて.....部屋を出て来たんだ」

私: (確か何回か非常ベル鳴ってたな🔔)

そしてそんな会話をしていたら、

私達が滞在するホテルの従業員の一人が、

私達を覚えていたらしく、見るなり

テルマン: 「何やってるの?こんなところで!」「みんな○○ホテルへ移動してるよ!」

と言いながら、私達を非難場所になっているホテルまで連れていってくれた。

そこへ着くと、入り口からやはり人、人、人。

まだ状況が飲み込めていない、その黒人の男と私は一緒に並んで地べたに体育座りで腰を下ろした。

私はふと横を見て、黒人の男性の膝の位置に驚き、体の作りの違いを、そんな非常事態にもかかわらず、足の長さを比べたりして遊んでた笑笑

その黒人の男性は、アフリカからロンドンにビジネスで来てて、同じホテルに滞在していたらしく、疲れて早く寝たら、非常ベルが鳴ってほんとにびっくりしたよ。って私に話してくれた。

私は彼に今英語を勉強しているところだと伝えておいた。

この非常事態をホテルの人が拡声器で説明し始めた。つかさずその黒人の男性は、

「今の説明わかった?」と聞いてきた。

「わかんない」って言うとすごく分かりやすく私に教えてくれた。

3つ爆弾💣⁈⁈😱で、警察が探してる😯

ワァオ、もし爆破されて私の荷物も吹っ飛んだら、自分を証明するものがなくなっちゃう、どうしようとか、ちょっと不安がよぎる。

トイレに行き、また黒人の男性の隣に戻る私。

(なぜか運命共同体みたいに肩を寄せ合っていた)

そして朝方、もう一ヶ所別のところに非難させられる。もう、疲れはMAX、そして眠い。

それでもその黒人の男性に気を使われて、隣に座る。

そして新聞の朝刊が配られた。

この事件のことが一面の記事になっていた。

その事件に私達は巻き込まれている。

ようやく朝の8:00過ぎ、9:00近くにホテルへ戻れた。約13時間くらいの非難生活が終わったのだ。それは長い長い夜だった。

何台もあるエレベーターは、どれも満員だったため、非常階段で部屋までもどることにした。

そう、その黒人の男性と階段で別れたんだ。

「親切にありがとう」と伝えたら

「とんでもない、じゃあな」って感じでさりげなかった。

非難生活13時間一緒にいて、彼が本当に親切でとてもジェントルマンだったことを忘れない。

本当はご飯でもご馳走したいくらいだった。またホテル内で会えると思っていた..

彼の名前がどうしても思い出せない。多分聞いただろうけど、難しかったのだ。フランス語訛りだったから。

 

言いようもない緊張感と、

とてつもなく疲れていた私は、とにかくベッドで横になって眠れることがなんて幸せなんだろうと思いながら学校を休んで、眠る。

次の日には、ここから離れようと思った。

そうして私は学校を解約し、少しお金が戻ったので、その足で銀行へ行き、学校からの小切手を現金化した。

その翌日にはトラベルエージェンシーに行き、スペイン行きの航空券を往復で購入した。

なぜ往復買ったかって?

戻る気はなかったけど、片道の方が高くついたから、往復で買ったの。

一週間後にはロンドンを離れることにした。

 

そしてロンドンを離れる日、

早朝のフライトだったので早起きして、

ホテルをチェックアウトして、

急いで地下鉄の駅へ向かう。

そしたらまだ閉まっていた。

ホテルへ戻ろうとした、その時…

日本でいう白タクに声をかけられた。

「どこまで?」

私は「空港まで」と言うと

インド人が誰かと無線で話してる。

そして「乗れ!」と言うので

つかさず私は「空港までいくら?」と聞くと

「○○ポンド」と返してきた。

マジ?安い‼︎ 

でもこのまま何処かへ連れて行かれたら?

そんなことも一瞬頭をよぎる..

そんなことより、もう私には空港まで行く手段がこれしかないと思った、

「すごく急いでるの!」って強調したら、

すごく飛ばしてくれた。

しかもTAXIより安くて早い。

チップも弾んだら喜んでいた。

しかしこのことを日本人に話したら、危ないらしいです。だから絶対マネしないでください。

 

可愛い子には旅をさせよ。というタイトルでこのことを思い出したのには、

ロンドン滞在中、ちょうどこの爆弾事件の後に両親から私の元へ手紙が届いたのだ。

事件のあった後にその手紙を読んで私はピンと張りつめていた糸が切れたみたいに号泣してしまったのです。

しかも父と母は別々の便箋に書いていて、

父からの手紙はそれが最初で最後の手紙でした。初めて読む父からの手紙は、とても感慨深いものがありました。

異国の地でいろんな体験や経験をしていることを讃えてくれました。

私はベッドで涙を流し、遠い日本にいる両親の愛情が、弱った私の心を癒してくれたことを思い出すのです。

手紙を読んだ後に、家に国際電話をかけた。

私は胸が詰まり、爆弾事件のことも言えず、

ただ「これからスペインへ行く」とだけ言って電話を切りました。

そしてその数日後に、スペインへ行ったのでした。ハハハハ😆

f:id:reikojewelry:20190426153705j:imageこれが、その手紙です。全部写せないですが、当時のまま今でも大切に持っています。

 

最後まで読んでくれてありがとうございます😊

Facebook のジュエリーのページを作成中、あともう少しなので出来たら招待します。もう、ちらほら気づいている方もいらっしゃるみたいですね😁